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無塩せきガソリン

アンチスタイルスタイル

アンチスタイルスタイル

スタイル (英語:Style)は、日本語では文体様式体型種類流行品位芸風などの意味を持つ。

  • 服装の型式。転じて日本語では)体つきや姿。容姿。→容貌を参照。

(引用:スタイル - Wikipedia

 

 

 

人はスタイルを生み出し、スタイルが人を縛る。

潮流に乗れば容易に欲しいものを手に入れることができる。

それが欲しいものか、あるいは”欲しい”と思わされているかは誰にもわからない。

それは王様であっても乞食であっても。

ー祁仕奕(1946-2002)

 

 

 

服装とか生活とか人生とかは先人が歩いてきたとおりに歩けばある程度道を踏み外さないらしいということはさすがにわかってきたつもりだけどやっぱり他人の真似してるみたいでなんとなくつまらないなという感じではある。どうせルールを作ってるのは金とか地位とか名声みたいな力を持った奴らだし民衆はそいつらの気まぐれに踊らされているだけだ、なんて青臭いことはもうこの年になって口に出したりはしないつもりだけど、だからって頭を垂れてヘーコラ従ってなんかやんねーからなとは常に腹の中では思っている。メディアに洗脳された豚共が必死に流行を追うという図式は流石に終わっているらしく、最近の大学生はみんな賢いからインターネットを駆使して流行り廃りのこない無難で鉄板で誰にでもウケの良い上質なアイテムを自分の意志で選んでいる。その結果みんなニット帽MA-1チェスタータートルローゲージ黒スキニーダメージジーンズハイテクスニーカーってのはどうなってんの?

 

トーリー1.金銭的余裕が無いので服を買う理由から「オンリーワンであるか」が外され「エブリワンであるか」が重要視されるようになった。なんにでも着回せてどこにでも行けて誰と会っても違和感のない多用途で便利なアイテムがもてはやされる時代の到来だ。ノームコアとか言ってたのは数年前でお金持ちが普通の人のカッコする遊びが普通の人にまで届くとはなんとなく皮肉な感じではあるがそれがスタイルになっちゃったんだからファストファッション…というかユニクロは大喜び。ファッションに興味がない人も手軽にまともな格好ができるから誰も損をしない循環型社会が(ユニクロを中心に)爆誕したのだった。

 

トーリー2.現代のネズミ講ことアフェリエイト屋の朝は早い。昨日ウケた記事をいち早くコピペしてネットの海に流してやればそれをみた別のアフィ屋がコピペしてそれを何度も繰り返すという彼らのお仕事のおかげで、ネットは大多数の人間が好む記事で溢れかえることになる。こうなるとインターネットの「みんなの」声が大きすぎるからメディアもへったくれもなくなって前述のような金とか地位とか名声のパワーで押し切るのが難しくなるらしい。というのはビッグシルエットみたいなのはもう流行らなくて業界の人が困っているとかいないとかというのを小耳に挟んだからだけど、実際外に出るとストリート(風)とこぎれい(風)に圧倒されて夢かわいい(メンヘラっぽいやつ?)とかトラッド(競艇コスプレ?)とかは流行っているらしいけどあんまり見かけない。既存の権力は地に落ちた一方でインターネットはボトムアップであり民主的であり庶民が王を倒した瞬間で革命的だすごいメディアは声なき不特定多数のものとなった今こそ決起せよリベラルだ自由主義だワーワーというのは寒い。なんかダサいからコイツらの真似はしたくねー。

 

とどのつまり誰もが「ファッションは自己満足です!」「自分がかっこいいと思ったファッションを追求します!」と言っているわけでそれは本当に自分がそう思っているの?そう思わされているの?俺はこの文章を書いているの?書かされているの?タイピングしている指は俺の意思で動いているの?意思とはどこにあるの?細胞?脳?体?社会?宇宙?哲学者たちは「なんかよくわかんねーけどわかんねーことはわかる」みたいな曖昧なことしかわからなかったみたいだし素人が手を出しても火傷するだけだからその辺はいいとして。なんの曇りも迷いもなくこれがイイ、これがカッコイイ、自分がナンバーワン、ちょっとメンノンとスマートとポパイあたり買ってきて、ビームス行こうぜみたいなのは思慮が浅すぎやしませんかと俺はそう言いたい。あなたファッションが好きなんですかそうですかお金はかかっていそうですねシルエットもいいし素材も色もいい似合っててカッコイイです。で?って感じ。そこにお前なりの何かがないならそれは受け売りと模倣の結晶をちらつかせていることになるけど恥ずかしくはないの?結局のところこの問いかけは大部分が自分自身に当てはまるし跳ね返ってこじらせていく原因であるようには思うが、それでも思っちゃったんだからしょうがないし、この人のやることなすことにケチを付けていくというアンチスタイルスタイルしか俺には似合わないような気がするのである。